真冬の遊園地

彼女は明るい色のくせ毛の髪をいつもワイルドに伸ばしていた。ハスキーな声をしていた。小学校の高学年になっても、男の子と上半身裸で水遊びをするような子だった。お金持ちのお嬢さんで、自分が裕福だということを隠そうともしなかった。


小学生の頃からクラスメイトだったけど、彼女が本当の友達だったことは一度もない。なのに中学三年生の冬、私たちは学級閉鎖の日に二人きりで真冬の遊園地に行ったのだ。悪い風邪が流行っていた年だ。

もちろん彼女は、私と二人で遊ぶ気なんてさらさらなかった。彼女がしたかったのは、ダブル・デートだ。私たちと同じクラスのM君は特別ハンサムではなく、勝ち組のグループにもいなかった。でもどういう訳か、彼女はM君とすごく仲良くなりたがっていた。眼鏡の向こうからのぞく長い睫毛と、皮肉な物言いが気に入ったのかもしれない。そして勝ち組でも体育会系でもないM君は、彼女よりも私とずっと近しかった。翌日の学級閉鎖が決まった日、それだけの理由で彼女は私を巻き込んで、M君と彼の友達を誘って四人で遊園地に行こうと言い出した。

彼女の希望はディズニーランドだったけど、そもそもこの計画に乗り気でないM君は「金持ちのブルジョアが行くところだ」と嫌がった。彼女が行きたいと言うなら、多摩テックで手を打つという。「多摩テックなんて、貧乏人の行くところじゃん」と彼女は言った。どうしてもM君と遊園地に行きたい彼女は、費用は全部自分で持つとさえ言い出した。なんでM君ごときに彼女がそこまでするのか私には理解出来なかったけど、結局、中間を取ってみんなで後楽園ゆうえんちに行くということでその日の話はまとまった。

私はちっともワクワクしなかった。いい予感もしなかった。彼女は友達でもない私をこんな風にいつも利用する。他の友達が興味を示さない洋画や洋楽絡みのイベントがあると、仕方なくといった風情の不機嫌な声で私に電話をかけてきて付き合わせるのだ。一人で遊びにいくという選択肢は、彼女になかった。

鉛色の雲が空を覆い、太陽の影さえ見えないような日だった。その年の冬で、一番寒い日だ。玄関でデザートブーツの靴紐を結んでいる時、電話が鳴った。M君からだ。私の予感は当たった。彼とその友達はどうしても行けな くなったから、彼女にそう伝えて欲しいという。自分で直接彼女に言わないところが、M君も卑怯だった。80年代の話なので、当然ここに携帯電話は存在しない。もう彼女は家を出てしまっている。今から私が電話しても間に合わない。仕方なく、私は一人で後楽園ゆうえんちに向かい、待ち合わせ場所でM君の伝言を彼女に伝えた。彼女はむっつり黙り込んだ。

私たちにはそこで解散するという選択肢もあったはずだ。なのに、どういう訳かそうしなかった。冬の平日の遊園地の来場者は私たちだけだった。私たちは二人きりで、それが義務であるかのようにアトラクションをひとつひとつ制覇していった。遠心力で壁伝いに体が上にせり上がっていくライド。メリーゴーランド。上下するだけのスカイフラワーには、パラシュートみたいなものが乗り物の上についていた。円周上の走路を高速回転するラブエクスプレスは乗っている最中に、急に幌がかかって真っ暗になる。多分、恋人同士にとってはキスのチャンスなのだろう。ジェットコースターはさすがに動かしてもらえなかった。彼女がヤケになったようにコーヒーカップをぐるぐる回したせいで、私は気持ちが悪くなって吐きそうになった。私たちは観覧車に乗って、二人で黙って眼下に広がる街の風景を眺めていた。私も彼女も相手を喜ばせる方法が思いつかなかったし、そうする必要も感じていなかった。街は雲と同じグレイの色をしていた。

十代の頃の私はみんなと話している時も、心がさまよいがちだった。窓の外や窓に映った自分の顔を眺めてボンヤリしてしまうことがあって、正直に言うと今でもそのクセが抜けない。目ざとい友達がいるとそれに気がついて 「自分の顔なんか見て、どれだけナルシストなの!」とからかったり、会話にもう一度引き入れようとしたりするのだが、彼女は何も言わなかった。だから私も好きなだけ黙っていることが出来た。

ガラスに額をつけて、私は思い出していた。夏休み、彼女と二人で「アウトサイダー」や「戦場のメリークリスマス」を見に行った時のこと。洋楽のミュージックビデオの上映会に行った時のこと。会場の抽選に当たって、私はカジャグーグーとカルチャークラブとデュランデュランの缶バッチをもらった。彼女がうらやましそうにしていたので、ひとつ分けてあげた。彼女は浮かない顔をしていたけど、私はいつも楽しかった。彼女が電話をかけてこなかったら、私は自分の部屋で一人、本を読んで過ごしていたはずだった。

カリフォルニアのディズニーランド。東京ディズニーランド。豊島園。よみうりランド。遊園地には沢山の思い出がある。歴代の彼氏とデートで行ったし、家族や気の合う友達とも行った。でも遊園地というと、真っ先に彼女と二人で遊んだ冬の日のことを思い出す。その記憶は寒くて空気が澄んでいる夜にだけ見える星のように瞬いている。

あの日、観覧車の窓から見上げた空は重くて、今にも落ちてきそうだった。

だけど、落ちてこなかった。 


山崎まどか
本や映画、音楽などを中心とした“女子カルチャー”に通じ、雑誌、書籍、イベントなどさまざまなメディアで発信し続けている。著書『女子とニューヨ ーク』『オリーブ少女ライフ』『「自分」整理術』、共著『ヤング・アダル トU.S.A.』、翻訳書『愛を返品した男』(B.J.ノヴァク著)『イー・イー・ イー』(タオ・リン著)『ありがちな女じゃない』(レナ・ダナム著)な ど。
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